まどか☆マギカから考えるメカニズムデザイン

カニズムデザインとは、Wikipediaによると。「ゲームにおいてある特定の目的を達成するために、ルールを設計することである。」とのことです。大学の時に少し勉強したような気がする…。

まどか☆マギカの世界では、キュゥべえ(以下QB)はエントロピーの増大という目的のために、魔法少女を魔女にするよう落とし入れようとしているのに対し、改変後の世界ではQBと魔法少女らが協力する穏やかな世界になっています。改変前の世界ではQBによって悲劇が次々と起こったのに対し、改変後にはそのようなことはなくなりました。この違いを、メカニズムデザインの観点から考えてみたいと思います。

クラスのみんなには内緒だよっ!


注意事項

  1. まどか☆マギカのネタバレが含まれています
  2. 数式が出てきますが難しくないです
  3. いっぽうで厳密な議論ではないです

まどか☆マギカのおさらい

  1. QBは少女に対し「僕と契約して魔法少女になってよ」とせまります。
  2. 少女は契約すると、魔法少女になって希望をひとつ叶えることができます。
  3. しかし、魔法少女は魔女とたたかう必要があります。
  4. 魔法少女は絶望すると、魔女になります。魔法少女が魔女になる時、QBはエネルギーを得ることができます。これがQBの目的です。
  5. 希望と絶望は差し引き0です。
  6. まどかの世界を改変して、魔女が生まれる前に消え去る世界になった
  7. まどかの願いによる改変後の世界では、魔獣を倒すという目的で魔法少女とQBは協力しています。

それぞれについて考えてみましょう。

僕と契約して魔法少女になってよ

QBは少女に契約を迫っています。ここで重要な点は、少女に契約するか否かを決定する権利があることです。QBが重要な事実を黙っているにも関わらずです。

どういうことかというと、この時点で、希望を叶える代わりに魔女と戦う必要があるとことは明かさるため、少女は、希望を叶えるメリットと、魔女と戦うデメリットを考慮して魔法少女になるかどうか、自分で決めることができます。これはとても重要な点です。

重要なので数式にしてみましょう。大丈夫です。中学生にも分かる式です。

少女の利益さやか = 希望さやか - 魔女の恐怖さやか

ちなみに、右下に「さやか」という文字を付け加えたのは、「さやかが得る利益」という点をはっきりさせる為です。そのため、杏子ならば、

少女の利益杏子 = 希望杏子 - 魔女の恐怖杏子

になります。

これで、もし利益があるのであれば、少女は契約をした方がいいし、そうでなければ契約しないほうがいい。契約の基本ですね。

希望と絶望の差し引きゼロ

しかし重大な事実が隠されています。「希望と絶望の差し引きゼロ」の原理です。さやかが最期に「誰かの幸せを祈ったぶん、他の誰かを呪わずにはいられない」と言っているように、魔法少女は希望を得たのと同じだけ、絶望することになります。数式で表すと次のようになります。

希望さやか - 絶望さやか = 0

この新事実をもとに、少女の利益の式を改めて立ててみます。なお、魔女の恐怖も絶望に含まれると考えてみます。

(本当の)少女の利益さやか = 希望さやか - 絶望さやか = 0
絶望さやか = 魔女の恐怖さやか + それ以外の絶望さやか

このことから、契約しても、とくにデメリットもないと言えます。

ところで、「誰かの幸せを祈ったぶん」と言っていますが、もう少しこれもきちんと表してみましょう。さやかがAさんの幸せの祈ることを 希望さやか, A と表してみます。これは、これと同等の絶望さやか, Aと対になっています。

希望さやか, A - 絶望さやか, A = 0

これにより、Aさんは希望を得て、さやかは絶望を得ます。つまり、さやかは希望を得ずに、絶望のみを得ます。これも先ほどに式に取り込んでみましょう。

少女の利益さやか = 希望さやか - 絶望さやか - 絶望さやか, A
               = - 絶望さやか, A

ついに、利益が0以下になりました。お人好ししなければいい*1とは言え、契約するメリットはありませんね。


ちなみに、Σ が分かる人には、こちらの方がより正確です。

少女の利益さやか = 希望さやか - 絶望さやか - Σ 絶望さやか, i
               = - Σ 絶望さやか, i

エントロピー

さて、次はQBについて考えてみましょう。QBは第9話でいろいろ御託を並べていますが、この議論で重要な部分は「…エネルギーを探し求めてきた」「希望と絶望の相転移」「ソウルジェムとなった魂は、燃え尽きてグリーフシードへと変わる瞬間に膨大なエネルギーを発生させるんだ」あたりです。

純化して言えば、絶望がすなわちQBの利益です。

QBの利益 = 絶望さやか  + Σ 絶望さやか, i

QBの利益にはさやかちゃんしか現れていません。より正確には他の魔法少女について考える必要があります。ただし、この考察では、QBと魔法少女の2人を考えれば、メカニズムを解き明かすには十分です。だから、

その必要はないわ。

グリーフシード

少し脇道にそれますが、QBがグリーフシードを「きゅっぷい」と食べてるシーンがあります。作品から分かる事実と言うよりは、私の個人的な仮説ですが、QBはグリーフシードからもエネルギーを得ることが出来るのではないかと思っています。改変後の魔獣との戦いは、まさにそのような原理なのではないかと思っています。とはいえ、希望と絶望の相転移のほうが効率がよさそうです。

さやか得たグリーフシードによるエネルギーをグリーフシード(さやか)として、これを数式化してみます。

QBの利益 = 絶望さやか + グリーフシードさやか ≒ 絶望さやか

ゲーム構造

長かったですが、これですべての情報が出揃いました。

QBと魔法少女の利益は次のようになっています。

QBの利益 = 絶望さやか
本当の少女の利益さやか = 希望さやか - 絶望さやか - Σ 絶望さやか, i
                     = - Σ 絶望さやか, i
                     ≦ 0

これによれば、少女は魔法少女にならないのが合理的で、その結果QBは利益を得ることができません。という均衡状態になるはずでした。

しかし、ここで問題があるのです。少女はこの構造を知らされていません。少女は次の部分しか知らないのです。

少女の利益さやか = 希望さやか - 魔女の恐怖さやか

もし、これが0を上回れば、少女は契約した方がいいと判断してしまいます。事実とは異なるのにも関わらずです。


ここで、もう一つ重要なポイントがあります。QBが少女に正しい説明をするべきか否かという点です。

QBの視点に立って考えると、QBが正しい情報を伝えると、少女は契約しないことが合理的となり、その結果、その少女の絶望というQBの利益を得ることができなくなってしまいます。一方で、QBが正しい情報を伝えないと、少女は契約をすることになり、結果としてQBは利益を得ることができます。

つまり、QBにとっては正しい情報を伝えない方が合理的なのです。

「正しいことを言わない(あるいは嘘を言う)ことが合理的」という状況は、メカニズムとしてはよくないのです。メカニズムデザインの観点からは、このような問題は避けなければいけません。

女神まどかと改変後の世界

さて、カニズムがよくないのであれば、新しいメカニズムを考えなければならなりません。

まどかは、「わたしは、すべての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙、過去と未来のすべての魔女を、この手で」という願いで魔法少女になりました。

これが新しいメカニズムです。式にしてみます。

少女の利益杏子 = 希望杏子 - 絶望杏子 - Σ 絶望杏子, i + 希望まどか, 杏子

そして、

希望まどか, 杏子 = 絶望杏子 + Σ 絶望杏子, i

ゆえに、

少女の利益杏子 = 希望杏子

となりました。
QBには本当のことを言わないメリットがなくなりました。

さらに、QBの利益を考えてみると、

QBの利益 = 絶望杏子 + Σ 絶望杏子, i

のはずだったのですが、女神まどかにかき消されてしまいました。

QBの利益 = 絶望杏子 + Σ 絶望杏子, i -  希望まどか, 杏子
         = 0

ただし、改変後の世界でグリーフシードの代わりのキューブからQBはエネルギーを得られるようです。
そのため、QBの利益は、

QBの利益 = キューブ杏子

となります。

まとめると、

少女の利益杏子 = 希望杏子
QBの利益 = キューブ杏子

となります。QBは本当のことを言っても、少女は契約した方が合理的で、QBにとっても利益となります。

前よりも、いいメカニズムになりましたね。

なお、QBの利益に関しては、おそらく次の式のほうが正確だと思います。

QBの利益 = 絶望杏子 + Σ 絶望杏子, i -  Σ 希望i, 杏子 + キューブ杏子

円環のお断り

ところで、立式には怪しげな点が少なくとも一ヶ所あります。そこがゴニョゴニョしてるとことが奇跡なんだと思っていますが。

その奇跡を解き明かしてみましょう。

希望まどか, 杏子 = 絶望杏子 + Σ 絶望杏子, i

という式がありましたが、これはまどかにも当てはまります。

希望まどか, まどか = 絶望まどか + Σ 絶望まどか, i

希望まどか, まどか は、まどかがまどか自身に与える希望ですね。これが、「私だって絶望する必要なんてない!」の裏付けとなる部分です。

さて、Σ 絶望まどか, i には、絶望まどか, まどかも含まれます。そして、絶望と希望は差し引きゼロです。

Σ 絶望まどか, i = Σi≠まどか 絶望まどか, i + 絶望まどか, まどか
               = Σi≠まどか 絶望まどか, まどか + 希望まどか, まどか

これを元の式に代入すると、

希望まどか, まどか = 絶望まどか + Σi≠まどか 絶望まどか,i + 希望まどか, まどか

両辺から 希望(まどか,まどか) を引くと

0 = 絶望まどか + Σi≠まどか 絶望まどか,i
  = 絶望まどか + Σi≠まどか 絶望i + Σ 絶望i, j

ところで、ここまであえては述べなかったのですが、絶望 > 0 ですよね。とするなら、矛盾してませんか?いいえ、奇跡です。

最後に

もしかすると、一部の数式の立て方には疑問があるかもしれません。しかし、ここで伝えたい事は、「数式に落として考える」という考え方の重要性です。そして、数式を拠り所にして、システム全体のデザインを考える重要性です。

このように現実世界を解析するためには、多少細部を削ぎ落してでも簡潔な数式にした方がいいです。メカニズムデザイン等のお話はただでさえ複雑なので、もとのモデルが複雑だと手に負えなくなってしまいます。

あと、もろもろの事情によりさやか(と一部あんこ)を例にして説明しましたが、まどほむ派です。誤解なきようお願いいたします。

*1:魔法少女になった後でこの事実に気がついた時点で、お人好しをしてはいけないのです。魔法少女になった時点で、希望に応じた絶望が待っているのは避けられませんが、人にそれ以上の希望を与えないことで、追加で絶望を得ないことはできます。なお、希望に応じた絶望というのはサンクコストなので、それ以降の戦略で考慮してはいけないです。これらの点で、経済学的に杏子の戦略は正しいと言えると思います。